境野米子の自然暮らし

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ベラルーシ共和国から学ぶもの

ベラルーシの現状報告 福島市視察団フォーラム

 チェルノブイリ原発事故後の放射線対策を学ぶため昨年11月、ベラルーシを訪問した福島市視察団によるフォーラムは23日、福島市の桜の聖母短大で開かれた。ベラルーシの現状と課題のほか、東京電力福島第一原発事故に見舞われた地域の住民として取り組むべきことなどを議論した。
 報告会には約500人が参加した。外科医や中学教諭、商工関係者、学生ら市が公募した視察団員がベラルーシの医療や健康、教育、食などについて写真や映像を使って紹介した。
 瀬戸孝則市長はじめ団員が登壇し、パネルディスカッションも繰り広げた。「正しい情報発信が必要」「食だけではなく総合的な健康管理が大切」などと呼び掛けた。
 基調講演ではベラルーシから招いた心臓学病院長のリャフ・オリガさんが「福島への提言」との題で話した。

ベラルーシ



☆福島県教育委員会メールマガジン☆
「ベラルーシを訪問してきました」

 県教育委員会委員長 境野 米子(さかいの こめこ)

 昨年の11月20日(火)~27日(火)、福島市先進地視察事業に加えて もらい、ベラルーシ共和国(以下ベラルーシ)へ行ってきました。ベラルーシの面積は20万7,600平方キロメートル(わが国の半分)、人口は948万人(わが国は1億2665万人)。1991年にソ連から独立した共和国ですが、大統領権限が非常に大きく、国営企業が温存されるなど、旧ソ連の管理経済体制を維持しています。ベラルーシ語とロシア語が公用語で、人口の84%はベラルーシ人、8%はロシア人です。ベラルーシは、1986年4月26日に起きたチェルノブイリ原発事故により、原発から20~30キロほどしか離れていない地域を中心に、大きな被害を受けました。放射性物質で国土の3分の2が、農地の約半分は汚染され、4,000人を超える子どもたちが甲状腺がんになりました。
 
 視察は、汚染のなかった首都ミンスクと汚染地区のゴメリ州をチャーターした バスで往復し、各施設を訪問しました。交通は、飛行機や鉄道などの整備は遅れていて、バスが一番便利とのことでした。途中休憩を取りながらの移動でしたが、片道5時間を越えるものでした。福島と大きく違うのは、山がなく平坦な地形で、道路の両側は森というよりも林でした。所々の道路脇や森の入り口付近に、汚染の危険性を警告する標識が立っていました。警告は、立ち入りを禁止するものではなく、「森でのきのこ狩りや果実の採取や食用 目的の狩猟を控えるように」「線量を測定して食べるように」との警告でした。もちろん、原発から30キロ圏内の強い汚染地には、許可証がないと入れないとのことでした。見学した汚染地域と言われるゴメリ州の学校や森、街などで、 同行した福島市の専門家が線量計で測定しましたが、どこも0.1~0.2マイクロシーベルト/時と低いのに驚きました。もちろん、福島とは違ってストロンチウムやプルトニウムなどの核種の汚染も報告されていますので、 一概に安全とはいえない状況もあると思います。

 この視察を通して、何よりも心に響いたのは、各機関の責任者たちの「子どもたちを守る・・」との言葉でした。またその言葉通りに、医療や教育の現場で取り組まれている様子を見学し、その取り組みが非常に具体的、科学的であることからも、住民の政府への信頼も納得できました。もちろん政治体制の違いもあるので、日本で同じ取り組みを行うことは無理なことも多いと思いますが、学ぶべきこともたくさんあったと思えています。数多い視察箇所の中でも、とりわけ印象深かった児童保養施設とゴメリ州の中等学校での放射線教育の取り組みについて報告したいと思います。

【編集者より】
 今回は、現地の写真なども含めたベラルーシ訪問の詳細は、下記を御覧ください。
「ベラルーシを訪問してきました」(PDFファイル)
http://www.pref.fks.ed.jp/mailmaga/backnumber/2012/20130220essay.pdf

IMG_0259.jpg


昨年の11月20日(火)~27日(火)、福島市先進地視察事業に加えてもらい、ベラルーシ共和国(以下ベラルーシ)へ行ってきました。ベラルーシの面積は20万7,600平方キロメートル(わが国の半分)、人口は948万人(わが国は1億2665万人)。1991年にソ連から独立した共和国ですが、大統領権限が非常に大きく、国営企業が温存されるなど、旧ソ連の管理経済体制を維持しています。ベラルーシ語とロシア語が公用語で、人口の84%はベラルーシ人、8%はロシア人です。

ベラルーシは、1986年4月26日に起きたチェルノブイリ原発事故により、原発から20~30キロほどしか離れていない地域を中心に、大きな被害を受けました。放射性物質で国土の3分の2が(注1)、農地の約半分は汚染され、4000人(注2)を超える子どもたちが甲状腺がんになりました。
視察は、汚染のなかった首都ミンスクと汚染地区のゴメリ州をチャーターしたバスで往復し、各施設を訪問しました。交通は、飛行機や鉄道などの整備は遅れていて、バスが一番便利とのことでした。途中休憩を取りながらの移動でしたが、片道5時間を越えるものでした。福島と大きく違うのは、山がなく平坦な地形で、道路の両側は森というよりも林でした。所々の道路脇や森の入り口付近に、汚染の危険性を警告する標識が立っていました。警告は、立ち入りを禁止するものではなく、「森でのきのこ狩りや果実の採取や食用目的の狩猟を控えるように」「線量を測定して食べるように」との警告でした。もちろん、原発から30キロ圏内の強い汚染地には、許可証がないと入れないとのことでした。見学した汚染地域と言われるゴメリ州の学校や森、街などで、同行した福島市の専門家が線量計で測定しましたが、どこも0.1~0.2マイクロシーベルト/時と低いのに驚きました。もちろん、福島とは違ってストロンチウムやプルトニウムなどの核種の汚染も報告されていますので、一概に安全とはいえない状況もあると思います。

この視察を通して、何よりも心に響いたのは、各機関の責任者たちの「子どもたちを守る・・」との言葉でした。またその言葉通りに、医療や教育の現場で取り組まれている様子を見学し、その取り組みが非常に具体的、科学的であることからも、住民の政府への信頼も納得できました。もちろん政治体制の違いもあるので、日本で同じ取り組みを行うことは無理なことも多いと思いますが、学ぶべきこともたくさんあったと思えています。数多い視察ヶ所の中でも、とりわけ印象深かった児童保養施設とゴメリ州の中等学校での放射線教育の取り組みについて報告したいと思います。



1)ミンスク郊外にある児童保養施設、「ジダノヴィッチ」

児童保養施設「ジダノヴィッチ」は、ほとんど汚染されなかった首都ミンスクに設置されています。こうした保養施設は全国に14ヶ所ありますが、そのうち9箇所は非常事態省チェルノブイリ対策局管轄の施設で、事故後すぐに作られました。設置主体は非常事態省で、運営は各施設ごとに独立しています。予算は、国家予算のチェルノブイリ予算枠で措置され、汚染地域の住民、子どもや両親、教師は交通費も含めて無料ですが、汚染地域以外の子どもは有料で、24日間で400ドルとのことです。
施設の職員の概要ですが、経営陣は18人、職員は170人で、うち専門職は医者8人、看護士、保母、教師など、多彩な顔ぶれで、現在は最大320人の子どもを受け入れています。建物のリフォームが終われば500人を受け入れることができるそうです。建物は、診療棟と教育棟があり、滞在中に授業を行う教室や体を動かすジム、体育館、屋外にはサッカー場などもあります。同じ学校の20人程度が一緒に参加し、教師も同伴しています。学習は、午前か午後に1単位45分、各4時間で、放射線の教育も行われています。
6歳~18歳の子どもが24日間暮らすわけですが、初日にホールボディカウンターでの測定、歯、咽喉、血液などの徹底した精密検査が行われ、子どもの健康状態を把握し、一人ひとりにあった健康管理が行われています。喘息や、アレルギーなどの治療機器、ミストサウナもあり、総合的に子どもの健康管理が行われています。保養期間が24日というのには意味があり、汚染のない施設で24日間過ごし、汚染されていない食物を食べる(一日に6回の食事が出される)ことなどで、ホールボディカウンターの値は半減するとのことでした。ベラルーシの子どもの64%が保養プログラムを受けています。ホールボディカウンターの値が、森のキノコやブルーベリーなどを食べ、20ベクレル/㎏と高い子どももいるようです。
保養所は、子どもが「楽しい」「大好き」と喜んでおり、父母も「良い所なのでもっと早く来たかった」などと好意的に受け止められているのが印象的でした。また引率の教師は24時間子どもと行動を共にするわけですから、負担が大きいのではと思いましたが、「授業だけなので負担は少ない」「保養が出来て自身の健康診断もしてもらえるし、わが子も一緒に参加できるので楽しい」との答えでした。

2)ゴメリ州ホイニキ地区ストレリチェヴォ村の中等学校訪問

ゴメリ州はチェルノブイリ原発から北に20~40キロのところ。ホイニキ地区には、原発から30キロ圏内の誰も住んでいない放射線保護区があるなど、ベラルーシの中でもとりわけ汚染が強いところです。このストレリチェヴォ中等学校も、10年間は閉鎖されていました。当時の村の放射線量は1350マイクロシーベルト/時だったそうですが、徹底的な除染で再開したとのことでした。
ストレリチェヴォ中等学校には、現在180人が在籍しています。教師は24人です。先ず校内を見てまわりました。食堂では、子どもたちが食べているおやつが用意されていました。皮付きのリンゴやペクチンが含まれているゼリーを試食しました。ペクチンはセシウムの排泄に効果があるとされていますが、サプリメントとしてではなく、ゼリーや果物で摂取しているとのことでした。給食は1日に3回、学年によって午前だけの子どもは2回、午後まで残る子は3回です。子どもたちの給食は無料ですが、3食で260円程度とのことです。すべて「放射性物質のチェック済み」との説明を受け、昼食はサラダ、スープ、肉か魚のメインディッシュ、ジャガイモなどの付け合せ、ジュース、果物など、かなりボリュームがあるようです。
次に低学年の子どもの授業風景を見学しました。1日4~5時間の授業で、1時限は45分。登下校は近くの子は徒歩だが、遠くの子は、10台のバスが無料で運行されているそうです。体育館では、高学年の生徒たちがサッカーをしていました。
授業では、低学年の生徒の寸劇、紙芝居形式の放射線の授業を見学しました。総合的な健康教育として位置づけられ、「生活と環境についての授業」として取り組まれています。低学年では、カゴの中に果物、コカ・コーラ、牛乳、キノコなどが入っていて、教師が「健康にいいものを持ってきて」と呼びかけ、生徒が一人ひとり、よいと思ったものを持ってくるといった授業や、紙芝居で原発事故のことを取り上げ「ここには放射性物質があるなと思ったら、表示を立てるんですよ」などと教えていました。また授業が終わった後の、週に1回程度のクラブ活動でも、放射線について勉強したり測定したりすることもあるようです。
生徒が、放射線測定器で自分の家で取れたジャガイモの線量を測定する様子も見学しました。150~200g程度のジャガイモを小さく刻んで測定器に入れ、1分間。「普通は10分間程度かかるのだが、今は時間がないので」とのことでした。また「通常は、皮をむいて計ります」とのことでした。福島市の放射性物質の測定の担当者から、「少ない量、時間だと正確なデーターにはならないが、それでも食べられるか、食べられないかの判定には十分なんです」と教えてもらいました。ジャガイモは、放射性物質の移行係数が比較的高く、汚染しやすい作物と言われています。ベラルーシの規制値は80ベクレル/㎏ですが、この学校では2006年から今までで、ジャガイモで規制値を超えたものはないとのことでした。測定作業については、「すごく面白い」「自分で数字を見ることができて、楽しい」と口々に子どもたちが答えたのが印象的でした。
その後で、高学年の生徒さんや住民との懇談、交流がありました。学校では、子どもに持たせる「お知らせ」のほかにも、月に1回「両親コース」を設け、誰でもが聴講できるそうです。学校以外でも病院でも健康などについての講座が行われているとのことでした。「自分の家で野菜を作っている人は手を上げて」と言ったら、子どもたち全員の手が上がりました。家庭で作っている野菜を持ち寄り、測定し、それを家族に伝えることで、内部被曝を防ぐ有効な手立てになっていること、またそうした取り組みが住民の安心につながっていることを感じました。
いまなお福島の汚染を心配して避難したままの方々が大勢いる現実を打開するためにも、未就学児の保養や小中学校の体を思い切り使う体験学習のチャンスを多く提供することは必要なことではないかと思えています。また学校現場での放射線教育は、測定器による測定などの具体的なものが、よりよい効果を与えるであろうと思います。子どもたちに、放射性物質との闘いかたを具体的に教えるものであることは、是非見習いたいところです。見えないものを見えるようにして食物を選択する、体内の放射性物質を検査して、その減らし方を指導するなど、子どもたちは知らず知らずに闘いかたを身につけています。それが広く住民にも受け入れられ、政府への強い信頼になっていると思われました。
また、ゴメリ州都の復興ぶりには目を見張りました。工業が興り、人口が増えている活況を目にし、明るい希望を見ることができました。案内された大学、産院、農場、学校などの線量の低さにも驚きました。放射性物質の減衰がどのようなものだったのか、詳しく知りたいと思いました。最後に、見学した先について簡単に紹介します。なお視察の場所はすべてゴメリ州政府が計画したものです。

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3)ロシア・ベラルーシ情報センター(首都ミンスク)

2007年に設立され、25人の職員が働いているが、所長も含めて国家公務員ではない。放射線生物学、放射線医学、情報発信、デザインなどの多様な分野の専門職員がいる。主な仕事は、これまでの経験、業績を集積し、保存し、データーベースを作成して利用しやすいようにすること。地域、国、国際社会に情報を公開し、住民に対しては、過度の恐怖心を持たないように教育を行うこと。全国に地域情報センターが50ヶ所あり、住民への情報提供や啓蒙活動を行っている。
チェルノブイリ原発事故後の避難については、当時のソビエト政府による決定で、10キロ圏内は5月1日、30キロ圏内からの避難は5月4日から。ゴメリ州の南部から8月までに2万5千人が避難した。詳細な汚染地図は1991年から放射線管理モニタリングの組織が作られ、環境省の管轄のもとでセシウム、ストロンチウム、プルトニウムの汚染についての情報が5ヶ国語で印刷され、また2056年までの汚染予想図も出ている。「住民に注意を喚起するというよりも、リスクを伝えるという表現にしたい」「リスクが存在することをはっきりと提示し、それを解決するという方向に持っていきたい」との答えが印象に残りました。

4)小児ガンセンター(ミンスク)

ガンを発症した子どもの治療を行う施設。ソ連圏の中でも医療レベルが高いとされ、ウクライナやロシアからも患者が来るという。
入院中の子どものがんは、甲状腺がんが非常に多い。2歳までの子どもの白血病も3倍に増えた。急増したのは1986年と87年である。他のがんの発症率は他の国と変わらない。甲状腺がんは、事故当時6歳以下だった世代が、いまでも発症率が高い。子どもと一緒に病気が成長している。甲状腺がんの発病がいまだに多いのをみると、放射線の影響を100%否定できない。セシウムやストロンチウムの影響があるという仮設がたてられている。この病院では、直接治療を行っておらず、手術などはがん専門の病院で行い、また術後のリハビリも別の施設で行っている。

5)ゴメリ州モズィリ地区政府訪問

モズィリ市はゴメリ州第二の都市で、原発から90キロの地点にある。以前は汚染地域であったが、現在は解除され発展している。人口11万人、市部以外の人口は2万人。農業・石油精製工業・製塩などの産業で街は活気があふれていた。大学、職業学校が5つ、短大が1つ、15の学校、26の幼稚園、1万4千人が学校へ、6000人が幼稚園、保育園に通っている。汚染度が高い地域なので、国のチェルノブイリ予算の60%がゴメリ州に使われている。汚染地域の住民は、国内どこでも診断、治療は無料で受けられる。また2006年から、チェルノブイリの関係する組織はすべて、首都ミンスクなどからゴメリ州に移されている。
チェルノブイリ法によるゾーニング(放射線量による区分)は5ミリシーベルトだが、移住基準については、1ミリシーベルトと考えている。それ以上の地域には、必ず何らかの防護措置をとるべきと法律で決まっている。国営企業により建設や除染、また道路もアスファルト化することでほこりが舞い上がらず除染になるので道路工事が行われ、町並みもきれいになった。
最も重要なのは汚染されていない食品を作ること。食品の管理、検査、コントロールを行うことで住民の健康を守ることである。例えば食品検査の結果をみると、ストロンチウム90では、2001年には27,2%が基準値超えであったが、2011年には2%にまで下がった。

6)ゴメリ州国立モズィリ教育大学訪問

7000人以上の学生が学んでいる。すべての専門において、「原子力安全の基礎」という科目を設けていて、ここで学んだ学生が、各地区に戻ってから学校で汚染地域での安全な生活方法を子どもたちに伝えていくことができる。

7)ゴメリ州モズィリ市産院訪問

50人の医者、医療サービスを受ける人は4000人、2000以上の出産がある。40%の人はモズィリ地区に隣接する地区からの来院である。設備は、国、州、地区の予算で賄われている。出生率は安定し、むしろ向上している。経済的、社会的な保障が手厚いので、母親は安心して子どもが産める。3人以上の子どもを持つと優遇措置があり、3歳までは手当てが受けられる。産休も3年間あり、希望すれば勤務先に復帰できる。産休を理由にクビにすることは禁じられている。未熟児への対応や婦人科の診察治療も行われている。出産は無料、出産後の滞在は5~10日。
高線量の地域の妊娠出産の事例についてだが、「汚染されていない地域でも先天的な異常の事例はあり、汚染地域だけがひどいということはない」との答えでした。

8)ゴメリ州、モズィリ地区の農場、ソフホーズコンビナート「ザリャー」訪問

モズィリ地区の主要な企業のひとつで、ゴメリ州知事の肝いりで建てられた。全長100キロにもおよぶ広大な敷地で、牛や豚の飼育、それを加工する工場もあり、多角的な経営が行われている。また24の直営店をもち、1250人が働いている。給料も700ドルとミンスク市内の企業の2倍近くにもなる。従業員のための医療サービス、教育施設、サウナもある。
1年間に4万㌧の肉、4500万個の卵、4000㌧の牛乳が生産されている。牛や豚の飼育については藁やその他、餌まで、汚染されていないものを与え、放射性物質の検査は何回も、収穫時にも、加工時にも行われている。また肉の加工、ハムやソーセージを作るときにも、添加物は一切使わない。製品は一部ロシアに輸出しているが、国内でほとんど売れてしまう。毎年新しい雇用が生み出され、昨日も新しい販売店がオープンしたとのことでした。

9)ゴメリ州放射線学研究所訪問

ベラルーシの汚染については、ストロンチウム90により、2万1000万平方キロメートルが汚染され、最大で111キロベクレルだった。またプルトニウムは4000平方キロメートルが汚染された。汚染地域はほとんどが30キロ圏内である。
この研究所は2006年に設置。所長は、国会議員でもあり、医師としても有名である。汚染地における農畜産のあり方の研究をしているが、パソコンで農地の土壌の質を入力すれば汚染度を予測できるプログラムを作っている。このプログラムは、狭い農地で多種類の作物を作る日本の特性に合わせて活用ができる。施肥によって土壌を改善して状況を変えたり、移行の低い作物を選んで作るなどの選択できる。一般の農家でもすぐに利用でき、マグネシウムやカリウムなど、何を投与すればいいのかが分かるようになっている。このプログラムを使えば、福島で実際に何が起きているのか、除染の効果、農地として使用が可能かなどを自分の目で見ることができる。畜産でも、基準値を超えない牛乳を作るにはどうしたらいいかなど、すべて計算されている。飼料が汚染されていても、最終的に人の口に入る食品が清浄であることが重要である。市場に汚染食品が出回るのは100%ない。

10)ゴメリ州執行委員会議長訪問

ゴメリ州チェルノブイリ事故対策本部訪問

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(注1)
福島の原発事故は、レベルセブンでチェルノブイリと同格だが、大気中に出た放射性物質の量はチェルノブイリの15%、汚染地域の面積は6%と言われている。放出された放射性物質はヨウ素とセシウムが大半で、ストロンチウムやプルトニウムは微量であったといわれている
(注2)

①重松逸造『日本の疫学』医療科学社(2006)
②児玉龍彦「チェルノブイリ原発事故から甲状腺癌の発症を学ぶ」『医学のあゆみ』VOL.231,No.4,(2009)
チェルノブイリ原発事故では大量に大気中に放出された核種は大半が半減期が短い放射性ヨード類であり、空気中や食物連鎖によるミルクなどを介して乳幼児に摂取された。さらにチェルノブイリ周辺がヨード不足の地方性甲状腺腫の多発地域であり、普段からヨード飢餓の状況にあったと考えられている。
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お知らせ
①2月23日13時30分~桜の聖母マリアンホールにて、ベラルーシ視察の報告会が開催されます。
②3月3日13時~サンパレス福島にて、このゴメリ州放射線学研究所のアヴェリン所長の講演会が開かれます)

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