境野米子の自然暮らし

築150年の茅葺きの古民家を修復し、暮らしはじめて16年。おいしい水が湧き、囲炉裏があって、四季折々の恵みにあふれる暮らしを楽しんでいます。

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生業を返せ

、「原発事故と福島」

ラジオ福島、大和田アナウンサーからのメールです。
9月22日(月)午後7時から放送の「月曜Monday ( もんだい)夜はこれから」は、ゲストに生業(なりわい)訴訟弁護団事務局長の馬奈木厳太郎(まなぎ・いずたろう)弁護士を迎え、「原発事故と福島」と題してお送りする。

馬奈木弁護士の名前を初めて聞いたのは、原発事故後、県内で初めての自殺者となった須賀川市の農業・樽川久志さんのご遺族からだった。「馬奈木弁護士にはたいへんお世話になりました。心から感謝しています」それがご遺族の共通の言葉だった。

先日、震災の年の3月24日に自ら命を絶った、須賀川市の農家・樽川久志さん(当時64)のご自宅を訪ねた。樽川さんは原発事故後、最初の自殺者だった。

話を聞いたのは樽川さんの妻の美津代さん(64)と農家を継いだ次男の和也さん(39)の2人。

樽川さんは原発事故後、口数が少なくなった。死の前日にキャベツやレタスの出荷を停止するというFax が届いた。その時樽川さんは息子の和也さんに言った。「農家を継がせて申し訳なかった。原発事故さえなかったら」。家族が聞いた最後の言葉だった。遺書はなかった。

「原発事故で亡くなった人はいません」そんな言葉に憤りを感じた和也さんと美津代さんは、東電に直接、謝罪と賠償を求めて立ち上がった。長い闘いだった。昨年6月東電は、樽川久志さんの自殺と原発事故の因果関係を認め、和解が成立した。しかし和也さんは言う。「東電幹部にここに来て謝罪し、線香をあげて欲しいと頼んだら、賠償金を払ったので謝罪は済んでいると言われた。俺達は金が欲しくて闘ってきたのではない。ちゃんと謝って欲しいんだ」と。

妻の美津代さんが、夫婦で回った寺の名前が記された御朱印帖を見つめながら言った。「原発事故がなかったら、主人と一緒に好きなお寺巡りができたのに」。

「原発事故さえなかったら」重い言葉だった。

番組では、樽川さんのご遺族2人のインタビューもお聴き頂く。また、馬奈木弁護士が現在取り組んでいる「生業を返せ、地域を返せ!福島原発訴訟」について、現状と課題を聞く。

大和田新
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